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「あんたの住居は便利だよな。うん。巨大で移動式なんてな」百足を見た煙鬼が感心している。

「死体がエネルギー源だ」躯が答える。

「おう、ますます便利だなあ、そりゃ。合理的だ」

「何言ってんの。グロいわよ」

躯を振り返って孤光が吐き捨てるように言う。

「あんたもモノ好きねえ。パトロールの調整はしてもさ、ここ降りてもっといいとこ住めばいいじゃない。力あるんだからさ」

 「ここが俺にあってるんだよ」なにしろ長く居住してるしな、今さら時代がかわったからといってもなあ。移るのは面倒だ。

「欲がないねえ」まあうちらも、昔住んでた家のほうが手狭でも使い勝手がよかったわ、今のほうがいい設備で不満ってわけでもないけど。暮らすってそんなもんさ。

所帯じみた会話をかわしながら夫妻と躯は百足に乗り込む。

躯は煙鬼の館の前で百足をいっとき留め、百足のもっとも大きな広場にいまちょうど居合わせる乗員数十名を全員招集した。

乗り込んできた煙鬼と孤光を招待する旨を宣言し簡単に乾杯、半刻ほど立食した。

煙鬼は乗員たちにさまざまに話しかける。生の情報を知りたいのだろう。

責任感のある奴だ、と思う。孤光は予想通り乗員たちに騒がれている。大統領の妻であることで無礼を働く奴もいないし、孤光も悪い気はしていないようだ。

とにかく、乗員たちの多くはそわそわしている。

あのトーナメントで際立った強さを誇った夫妻だ。

煙鬼は百足の長、躯に直接勝った鬼だ。実力の拮抗した、小賢しい展開のない真っ向からのぶつかり合いを見せた2人の戦いは「名試合」として今でも人気を誇っている。

癌陀羅の都市が版権を持ったディスクの中でも、この二人の試合を収めたものが一番人気で売れているということだ。

とくに年若な世代の者たちはこの夫妻を称賛の目でうずうずと眺めているのが躯の目に付いた。

躯は「はっ」と鼻白む。

(強いものを隙あらば殺そうという鋭さの欠如。憧憬のまなざしばかりかよ。こんな眼のやつらができる真剣勝負は確かに闘いではなくて試合でしかない)

時代の様相は変わった。ユウスケが取り入れたトーナメントという魔界勢力のシャッフルは、図らずも、戦いを鑑賞する娯楽として変化させてしまった。

広い魔界の中でも、メディアの波及力がいったん広がると変化は急速だった。

戦闘能力の差を視覚で知らされた弱いやつらは強者の戦いぶりに己の憧憬を仮託させその試合に魅入る。

そんな事態は躯が生きてきた中ではないことだった。いよいよ闘うことへの興味は削がれる思いがする。

 

 

哉無の居室で行われた会食の席には、元筆頭の飛影、昔筆頭で文官も務めた奇淋、トーナメント後に加わった新参のなかでももっとも目はしの利く曲尺を呼ばせた。

酒席では哉無が孤光を飽きさせない話術でまず場をほぐし、女客の機嫌をとった。

「こんなふうに大げさに招かれるのもたまには悪くないわね。」

「こいつは昔中央層の政治家のところに務めてた。だからこんなもてなしもできる。俺や他の奴らはただ飲み続けるだけだ。こいつは俺の部下の中でも異色だったんだよ」

「なんの因果かこの恐ろしい人の側で仕えて何百年ですよ。」

哉無と曲尺はよくしゃべり、夫妻によく応対しているが、

飛影と奇淋は黙ったままでいる。パトロールのことにかんして尋ねられれば答える、

といった程度で黙って酒を飲んでいるだけだが、

この男が2人並ぶだけで人数はいないのに圧迫感が生じた。

その中心で躯は泰然としている。

「で、躯さぁ。あんたの旦那はどれなの」

孤光は酔っぱらった目を光らせて躯に聞く。躯にすこしの親しみがわいてきたらしい。

部下の男は微動だにしないが哉無を除き「心拍数が上昇している」状態だ。

哉無は意地悪い笑みが見えないよう、一瞬下を向く。

「旦那はいない」笑って躯は答える。

「俺の体はとうてい旦那を作れるようなもんじゃないぜ。みればわかるだろ?」

「そうなのぉ?」孤光は自慢の柳眉をつり上げ、小ぶりで上唇がとくに肉感的な口元をとがらす。

「あんたたちなんかみんなあやしいわよ。うーん、ねちっこいっていうかさ。やっぱ女が上司だとそうなっちゃうわけ?」

(そのとおり、孤光殿)と哉無は内心でにやにやと応じる。

にわかに顔を赤くした曲尺のほか、飛影と奇淋は顔つきも変えないが、哉無はこの2人がこの状況で肩を並べていることがおかしくて痛快だ。

躯は無頓着で杯に口をつけている。そうだろう、飛影を「旦那」と、男を旦那と考える回路がこの女にはついぞないのだから。

煙鬼は口を挟まないでにこにこしていたが

(飛影じゃないのか?この娘の対になるのは、どうみても)と思っていた。

哉無が用意させた心づくしの中央層独特の、健康を無視した快楽追求の重たい料理は、ほとんど夫妻が平らげた。

 

「そろそろ甘いものの時間じゃない?」腹もくちくなって酒で眠くなったか、とろんとした目で孤光が言う。

「ご用意してありますよ。孤光様はさすがに甘いものも楽しまれる余裕を持ってらっしゃる。この頭領は、酒ばかり」哉無が控えに向かって手を打つ。

「甘いものは苦手なんだ。つい自分が食べないものだから、待たせてしまった」躯が答える。

「ああ。甘いもの食べないからあんたいつもそんなしかめっ面なのね」と孤光は酔っ払い顔で納得するのに躯は苦笑いするしかなかった。