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「お前は暗いところのほうが似合ってる。」

じっとりと集中したセックスを繰り返すなかで飛影が躯にささやく。

「そうかよ」くっと、眉をしかめながら躯が笑う。

「ぐちゃぐちゃ、湿ってるほうが、ほら」

中指を抜き出して飛影は眺める。

「お前らしい」

その指をそのまま躯の唇をこじあげて抜き差しする。躯はにやっと挑戦的な眼をして応じてやった。飛影は自分の指もとから先へ相当にねっとり律動する躯の舌技にやり返したくなり、躯の股ぐらの突端を丁寧に執拗に意地悪く舐め回して大きくする。躯がほかの奴らに聞かせたら殺したくなるような罪作りな声で鳴く。さらに奥へ。いちいち確認してやりたい。躯の体の秘密を知っていいのは俺だけなんだという、自己承認と恋情の区別の付かない欲望。

「ここが、子宮か」飛影ぐっと指を奥に差し込んでまさぐった。瞬間躯が飛び跳ねて叫ぶ。

「やだ!」

飛影は思いがけない反応に眼を見張る。こどものような躯の声だった。

「どうした」

「あ、あ。」

躯は反射的に飛影の指を外させ、くるっと体をひねらせてペニスをくわえた。

そして責め立てる。質問をさせるすきもないほど丹念に舐めてやった。我慢強い飛影もたまらず果てる。躯はすべてを漏らさず飲み込む。彼女は飲むのが好きだ。とくに飛影のは、飲んだあと膚のぬめりが違うような気がする。こんな体で、若いままの見た目を厭うても、そういう膚の変化は確かに躯にとって悦楽だ。

飛影がだくだくと躯の口に流しきったあと、長い眠りに入りそうな顔をしているのに、健気にもキスを求めてきた。

「こいつ、自分の精液まみれの口腔、よくしゃぶれるよなあ」躯だって自分の股をねぶられきった飛影の口であるのに、そういうことは意に介さない。

 

 

 

今日はずいぶん昔の夢を見た。

「お嬢様。」

ひざまづいて私のスカートの紐を締めていた女が心配そうなまなざしで私をみつめた。

「どこか痛むところをおっしゃってください」

お父様にてひどくやられていることを言っているのだ。股も口も胸も背中も痛いけど、口にするほどのことじゃない。

「ないわ」

「口もとのお手当をしてもよろしゅうございますか」

ああ、口が切れているのだった。女が薬につけた冷たい布を私の左の口元にそっとあてる。ひんやりとして、さっきまでお父様との暴力的なゲームでの高ぶりがすこし遠ざかる。

「きもちいいよ」

冷たくて、そう伝えると安心したように女から笑顔が返ってきた。

それから頭からふっと抱きしめられる。いい匂い。私からはあおくさいにおいしかしない。この女の人は体温が低い。手が柔らかくてすべすべしている。

この女の人はお父様のそばにはべってる女とも違うみたい。

自分が卵になったみたいな、気持ちよさにうっとりとする。

  

そのあとに痴皇のとっておきのえげつないことをする一室に場面が暗転。冷や水をぶっかけられたみたいな背筋のこわばりを、すでに強酸をかぶってフリークスの見た目になった現在の俺が感じている。

  この夜の見せモノで、私に優しかった女の人が無気力な女になって遠ざかっていった。

躯になる前の少女の独白が夢全体を俯瞰して、今の躯の意識は夢から消える。

 

お父様のそばに侍って、今日はとりわけ強い麝香の匂いを嗅ぎながら今夜のゲームのことを考えていたら、目の前の扉が雑な勢いで開いて、おんなが一人投げ込まれた。その、投げ込まれた女。…お父様は私を膝からおろし、明らかに常軌を逸した精神状態の女の股の前に私を置いた。

猿ぐつわされた女が私に向かってぐったり開脚して見せた。この女の人は、薬で人相が変わっているけれど、私を卵のように抱きしめてくれた人だと気づく。私の動揺に舌舐めずりするようなお父様の命令が耳朶に響く。

「この女の股をアイスピックで蜂の巣状にしろ」って。

ここで私がひるんだら私とお父様のゲーム、私の負け。

お父様との勝負にいつだって本気でとりかかる私はわざと無表情で(それがこのゲームで求められる役割って私は知っている、)アイスペールの中から冷たい錐を取り出し、それを鋭く、女の人のかたちのなかでもいちばん不明瞭な部分をさらけ出している穴に、突き刺した。 それを始めはゆっくりと、徐々に執拗なえぐり方と速度で。

 

 女の体のうねりと苦悶の声は、もう、喜んでいるのかただ苦痛なのかもわからない。心の隅っこで、私はどうかこの女の人がとっくに正気をどこかに置き忘れてしまっているようにと願いながら尚更しつこくえぐる。薄情な刃物のアイスピック。 お父様が下種な笑顔でこのいたぶりを鑑賞しているのがわかる。 ここで眼を合わせたらいけない、このゲームの効果が半減して、お父様の勝ちになってしまう。突如、この気狂い女を傷つけて成立する、お父様とのゲームに奉仕している自分に怒りがわいてきた。

ああ、頭が混乱してきた。コントロールできない。強くならなきゃ。生臭い。卵巣がでてきた。

お父様がそれを足で掬って私に差し出した。 「人間だよ、お食べ」

 

食ってやった。新鮮な牝の肉。そう思えばいい。そう思った。この血肉をお父様に向かってはき散らしてやりたい、でも無様なことをしてゲームの興をそぐのは私は嫌。

すすって、挑発的に飲み干す。するとお父様がけたたましく笑いながら指をさした。周囲の侍り者たちからも追従の哄笑がさざめく。

「よくみてごらん。お前にそっくりな顔をしているじゃないか。お前のお母様だよ」

女をみる。人間なのに、魔界で私を生んだの?

「さあ、よくみてみろ」

お父様の声。首根っこを掴まれて、

「お前の美しかったお母様じゃないか。お前によく似ているよ。唇の形、手や指の形。あそこの形も同じだったんだよ。もうすっかり汚くなってしまった、お前が突き突きしちゃったからなあ」

上にある鏡を見上げた。格子縞の床に女と私が散らばっている。

下を向いて、女の顔をのぞき込んでしまった。似ているのかな、似ていないかもしれない。私は自分の顔に興味がないからわからない。

ただ、この優しかった女が私に似ている「お母様」だったのなら。 あのとき私の口の横を冷やしてくれて抱きしめてくれたこの女が私のお母様だったのならお父様はやっぱり私を壊すのがお上手だ。

 

自分が傷つけた女の股を凝視する。汚い場所。私を生んだ汚い場所。目の前の突かれた女、と同時に私を優しく手当てして卵を抱くように体を包んでくれたしずかな気配。でもこの女は今さっきただのゲームのために気違い薬を飲まされて正気を放棄した。みじめだ。

 「お前はお母様を食べちゃったんだなあ。さすがはワシの娘だ」 ふたたび侍り者たちの哄笑が広がる。 私は「お母様」を食べた女の子。いま、そう決まった。お母様の卵巣と子宮をお父様にけしかけられて食べた娘。

 

 

「その生臭いお口でお父様に口づけしておくれ」

無言で私はお父様の鼻にかみついてやった。うれしそうにお父様の目がつり上がったと思ったら、お腹を蹴られた。

 でも。 お父様が私に放り出してくるバカみたいなペニスにえづきそうになりながら思う。あんなにそうっとした優しさを私に教えてくれるなら、最初から何もくれない方が良かったの。そばに寄り添って、私の切れた唇をあんなふうに冷やしてくれたこと。卵を抱くみたいにそっと抱きしめてくれたこと。

だって今はあなたがいないからもうない。もう喉を鳴らして甘えることのできない感触、知らない方がよかったの。 お母様だったの?

横たわっている女の人に心の中で語りかけてみる。

口を生臭く血だらけにして一見沈黙している私を、お父様はこちらを屈辱と羞恥でたぎらす馬鹿な権力者、の目で観察していた。

非常に満足そうで、本日の父と娘のゲームもつつがなく終了したことを私は了解する。

そんな「父」のアンフェアに私は初めて醒めた目で怒り、お父様の押しつけてくる暴力に立ち向かいたい欲望を覚えた。

私の体を冷やしてくれる体温の低い、すべすべした女の人はもういないから。

 

この男が憎い。

父と娘というルールで続けられるアンフェアなゲーム。

私はよくこのゲームを理解してるのよ。

 

畜生いろとりどりの目をしながら、私たちのゲームを観戦する玩具たち、館のものたち。きっとこのゲームを楽しんでるんだろう、私以外は。

目の前でお腹を真っ赤にしているこの女以外は。

 

 そのあとにお父様に命じられて放漫な女が私を犯すためにのしかかってきた。仰向けになっていると、天井の鏡で自分が食べられているのが見えた。犯されながらこっそりと耳打ちされた。「私以外に、気持を許すからだよ」。そして、愛撫の合間合間に執拗につねられた。

 

あの女は、血豆色の、長い爪をしていた。ほかの侍り者で人間を食べる奴らは、私が食べた後の「お母様」をなぶりながら貪っているみたいだ。

 

 

ここで目が覚めた。躯は喉からせり上がってくる叫びなのか感情なのかわからないものをぐっとこらえる。夢の中とは打って変わって静かな寝台だ。

あの夢はほんとうの記憶だ。夢の世界じゃない、俺の記憶だ。

他に知られてもいないと思うが、躯は水玉模様に吐き気を催す。婦人科系統の器官を思わせるから。卵が凝り固まって出来る形。そういうもののすべてを忌避して長らえてきた。自分の体にもその機能があることが気持悪かった。さっきの飛影の一言に自分の体が拒否を起こしたのは因果関係がはっきりし過ぎている。

 

自分をコントロールできなかった。飛影は驚いた顔をしていた。

(そりゃ突拍子もない反応だったからなあ)

苦笑しつつ芋蔓式にあの見せしめのゲームを思い出した。

 

痴皇のところでより、それ以降の暮らしで俺はもっと残酷なことをみてきたし、してきた。それなのにあそこでの出来事に今も気を取られているというのは納得しかねる。もう二度と不利なゲームでコントロールされたくない、強くなると決めたのが俺だ。

 

痴皇を呪うことで自分の力を駆り立ててきた。そしてここまで来たのに、飛影が痴皇を俺に差し出してから、コルクの栓が抜けたように俺からいろんな記憶や感情がよみがえる。横で飛影はすぅすぅと寝息をたてている。

 (かわいい、俺の情夫だ)

 そばにいるだけで体が落ち着いてくるには変わりないが、いろんなことを思い出させる契機となったこいつを憎くも思う。

しかし殺すことはできない。

こんなに無防備になった奴を殺すのはフェアでない。

 

簡単に処理できない苛立ちに、飛影と同衾することの居心地の悪さを感じる。

躯は寝台を降り、間仕切りを抜けて自分の居室を出た。飛影といて、自分の意識がのびのびとすることにたまに抵抗を感じる。疲れがたまってきたときなど特に。

 世の中に特効薬なんてものは何もない。