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西南層まで夫妻を送り届ける途中、躯は百足を砂漠に一時停留させた。煙鬼が「しばらく来なかったところだ。降りたいなあ」とつぶやいたのだ。

孤光は昨日から酔いつぶれて眠っている。哉無が太鼓持ちになって昨日も相当楽しい宴会があったようだ。躯は自分の最奥で一人で休んでいた。

月のものはまだ重いが、今迄とは違う。

「せめて一日くらいは体に留めないで、垂れ流してなさいよ。

足が木の根っこになった気分でごろごろして、気を緩めてなさい。

部下にも顔見せようなんて強がんないでさ、あんたがいちばん偉いんだから休め休め」

という孤光の助言にめずらしく素直に従ってみたことになる。

 

「うちの奥さんはしょうがない」

苦しそうにうめいている孤光のそばに果物と水を置いてやってにこにこと煙鬼はいう。

二人で砂丘に降り立った。 

「ここは風が気持ちいいなあ。砂も清潔だ、砂嵐が起きても不快じゃない。」

煙鬼はそう呟いた後ひと呼吸置いて

「なあ躯、どうしてトーナメントのルールを守ったんだ?あんたなら、終わった後くつがえすこともできたはずだ。じっさいそう予測してたんだけどな、ワシは」

「そうだな」躯は少し考えて、答える。

「あのユウスケの決めたことを守ってみたかったのと。あんたと、あんたの仲間の棗。この2人と闘っているときは楽しかった。

軍とか引っ張らずにひたすら喧嘩してたときのことを思い出した。今の魔界の情勢には飽き飽きしてたというのもある。

もう気に入らない野郎相手とにらみ合うなんざ飽き飽きだ。こういうパトロールしてるのが気楽でいい。性にあっている気がする」

めずらしく本心からの饒舌だった。

「そうか。・・・昔、雷禅からお前さんらしい娘っこのことを何度か聞いたことがあったんだよ」

「ほう」

躯は突然死者の名が出たことに驚く。自分もちょうどこの砂漠地帯で鉄壁の構えを見せていた男の姿を思い出していたからだ。

悟られないよう、素っ気なく答える。

煙鬼はうなずいて

「ここは雷禅が喧嘩するのに気に入ってた砂丘だ。もしかしてあんたも雷禅とここで喧嘩してたんじゃないのかな、と思うた。

トーナメントで初めて顔合わせしただろう。そのときにあの三竦みの躯が、雷禅が話していた娘さんだったのかな、と思った。驚いたよ。」

「あんたたちみたいな強いのが隠遁してたのを知らなかったのは迂闊だった。」

「もしかしたらもっと早く会ってたかもしれないんだな。あんたらしい娘の話を聞いてしばらくしてから、ワシ等は雷禅と仲違いしてしまって、それっきりだ。

意地を張りすぎてしまった。それくらい、雷禅は変わってしまったから。当時はワシ等も血の気が多かったからな」

(好きな男を喰って後悔している俺をからかってきた雷禅に八つ当たりして、それきりになったころだな)

黙っている躯に煙鬼は慈しむような目を向け、

「秘蔵っ子だってな。雷禅はそう言ってた。あんたと全力で戦って、確かに雷禅が一目置いてた娘っ子だろうって懐かしくなった。

お前さんは闘気に、骨がある。あんなふ抜けたお祭りムードにあってもだ。

ワシたちの若い時代と同じ匂いだ。かなり時間は経って、雷禅はもうここにいないが、あんたに会えてワシは嬉しいよ。」

煙鬼はそう言って笑った。

躯のまっさらの子どもの顔を探し当てたように、まっすぐに。

そのとき、からっとしたひなたの心地よさを、ぎょろりとした眼を持つこの大鬼に感じた。

なにもそれ以上話さなくても、わかっている、誤解がない、という感じがした。

なんの暗い執着もない、単純な親しみがあった。この大男は確かに雷禅の仲間だ。

躯の表情が動かなくなる。風がひときわ強く吹いてくる。太陽が眩しい。

「秘蔵っ子なんて舐めくさって。死んでもイヤな野郎だ」

ややあって、顔をそらした躯がつぶやいた。

「ははっ。あんたも口が悪いなあ。うちの奥さんには負けるかもしれないが。…ワシはいますごく雷禅が懐かしいよ」

 

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秘蔵っ子がいるんだ。

そういって雷禅が煙鬼に笑う。「でもきっと孤光がぎゃいぎゃい言うからなあ」連れてこれない、ちょっとめんどくさいけど面白いやつだぜ。かわいいしな。

「お前さんが言うなら、確かに可愛いんだろうな。」煙鬼は煙草をつけて、雷禅にも一本すすめて、一息つく。砂漠地帯を見る。さっきまで命からがら雷禅とたたかっていた。負けた。孤光についても負けてる。でも、へんな屈辱を起こさせないのが雷禅なのだ。

「半分ただれてるんだけどな」

「は?半分?うん、精神がか?」

「いやいやいや。精神は知らねえけど、体がな。綺麗な娘だったんだろうけど半分焼けてる。でもそこがそそるって言うか」

あ、孤光に言うなよと釘をさされたので笑って煙鬼もそれ以上は追求しない。雷前との喧嘩のあとの気持よさを味わっているだけだ。ここは、風通しがよい。