気づいたら部屋にいた。寝台にうつぶせにさせられて、尾てい骨の上の辺りに孤光の掌を感じる。
孤光の送ってくる氣が血をとどこおりなく巡らせているのがわかる。初めての感覚だった。
と、経血が垂れ流しになっていることに気づいて、躯はあわてる。
手を離してくれ、という躯を相手にせず
「無駄口叩かないでちょっと私の掌に意識集中してなさいよ。」
「あんたの体温、暑い。」
「うるさい」
と孤光は一喝し、飛影がここまで案内してくれ、孤光と哉無と煙鬼の見守るなかであの人間はつつがなく立ったまま出産したこと。そして飛影が今頃肺洗浄と記憶を失わせる手配をさせているはずだ、と今までの状況を説明してやった。
人間女の出産はうちうちの情報にすることにし 居合わせない乗員たちはまだ調査を続けているとも。
ということは、躯が気を失ったことはごく一部の者にしか知られていない。
躯は安堵する。
また悪あがきして起き上がろうとした躯の肩を押さえて孤光は問う。
「いつも溜めて、排泄のときに一緒に流してるのね」
「あ?ああ」とうなずく。他人とこんな体の話をしているのは居心地が悪い。
そうか、それも悪くないんだけどさ、とつぶやいてから、孤光にしてはめずらしくゆったりとした声音で躯に語りかける。
「生理が始まって、骨盤がやっとゆるんだのね。
あのね。いまさわって感じたけど、あんたの骨付きってすごく格闘家らしくない。
がちがちよ。まあ、これが終わればまたいいバランスになるんだろうけどさあ。
生理のたびに体のサスペンション悪くさせてちゃ不利でしょうに。
自分の体を知って快適な体つきになりなさいよ。
確かにその体じゃ、バランス取るのは難しいだろうけど、
居心地のいい体にしないと、あんた生きててもしんどいだけでしょ。
ただれちゃってるけど、良いからだしてんだから、もっと大事にしてあげたら?自分の身体。」
孤光の言い分には素直に承伏しかねたが、お節介にいいつのる孤光の姿に、
自分の前に今までいなかったタイプの女をみた。
(瓢牝の呪縛?)
ふと、躯は思いつく。
(あの女の面影にも、だいぶ縛られていたらしい)
孤光の掌で自分の血のめぐりがどんどん明るく、ゆるやかに流れていくのがわかる。
なんだかかつてなく体が弛緩して、あらがえない眠気がおそってきた。
北層の氷雪地帯の記憶を今、溶かそうと思えば溶かせる。躯はうとうとしながら思いつく。
すぐじゃなくても、少しずつ、いつか。力づくで断ち切るのではなく。
あいつらが存在した事実をではなく、俺自身の感情を溶かせるだろう。
すぐにではなくても、重みに堪え切れないときがあっても。
こうやって安らかに眠れる時間もあるとわかれば。
あんなに気に入らない、気に障る女だと思ったのに。孤光は思う。
「男には絶大な威力」という自分の思いつきは、もしかしたら、
躯の単純な頑是なさを男への意識的な媚と私は誤解していたのかもしれない。
「女には無力」がむき出しのこの子だ。この体になったわけを聞く気はないが、
この体で生き延びて、何を糧に強くなってきたのか、わからないが
抱きしめてやりたい気になる。
息子しか育てたことのない孤光だが、
ふと、娘へのいたわりのような気持――
それは錯覚かもしれないが、それでも、
不安定な体で強くなってきた同性への愛しさのようなものだろうか――
が胸に湧いてきて、
「ねえ、これだけ強いあんたにこんなこと言うの失礼かもしれないけどさ」
躯の髪の毛をそっと手ぐしで梳かしてやる。
「あんたをさわって、ここまで、よくやってきたな、えらい子だわってつい思っちゃったのよ」
「うん。」躯はもう半分眠りかけているのに律儀に答えた。
「だいじょうぶだ、ありがとう」
もう半分寝言だろう。小さな、少女のようだった。
寝台に腰かけた孤光はもう一度躯の髪を梳いてやった。