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ただ一度ひどく陰に入りこまれる時期がある
百数十年前たまたま口ごたえをした当時の№2を我々の前で一瞬にしてミンチにしてみせた
それが丁度今くらいの時期だった
気をつけることだな
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だからなんだ。
たまに口をひらけばもったいつけた言い方しかできないらしい。
つまらん野郎ばかりがあいつのそばにいる。
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「何か用か」
「退屈だ 手合わせ願いたい 本当の力を出したお前とな」
「パトロールはつまらんか」
「うんざりだ」
「そうか オレは結構楽しんでいるがな 行け 今日は気分が悪い」
「奴隷商人痴皇 …目の色が変わったぜ」
「時雨との戦いのあとでお前が俺に見せた記憶 それが今の強さの動機だろう」
「もう…よせ」
「なぜ奴を生かしておくんだ?奴が住む場所も知っているんだろう」
「やめろ 死にたいか」
「あいつが昔唯一見せた気まぐれの優しさにすがっているのか
お前が強くなれたのは 呪いのおかげじゃない 迷いのせいだ …あわれな野郎だ」
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「…フン」
百足の進路が間違っている どうせあいつが怒りにまかせて指示変更したのだ
やっと挑発にのった ぐずぐずした野郎だ
まずは蔵馬のところへ。
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薄汚れた洋館。薄暗いから気づかないがどこもかしこも古惚けて未修繕だ。門番にもならない警備隊は木偶だった。かび臭い廊下をすすめば頭のねじが外れて久しいらしいジジィの欲濁声だ。
「遅い!おい 何をしている!! 女はまだか」
次の大広間か。
開けた扉の奥には確かに躯の記憶通りの大豚がいた。
まだいるのか。
豚が驚いている。
「!?誰だお前は!?」
誰でもいいだろうが、お前は。
「とびきりの女を紹介してやるぜ」
欲望を満たせれば、どんな玩具でもよかったんだよなァ?
「おい、ガキ!!どこの使いだ!!」
目が覚めたらしい。剣でついたくらいじゃ口はふさげないか。
すまきにして石橋の上にずり落そうとした途端静かになった。
「何の冗談でしょう。あ、どこに連れて行くんですかあんた…ぁあ」
脈動を剣で抜き差ししてやると偉そうなツラが一気にへつらった。脳内信号に忠実なだけの昆虫。顔の形がマーブルに壊れていく。顔面に一度けりを入れた。「ぺジャ」昆虫の鳴き声で呻いた。
壊れる前に聞いておくことがある。
「おい、貴様。」
豚をかついで雪山を突き抜けた。
「今までの玩具奴隷でいちばんよかったのは、どういうのだ」
「はい?私の思い出話ですか」「いいから、思い出せ」もう一度刺した。
「びゃっツ!」
豚はどこにも似てない顔で自分の玩具について話し始めた。
「自分の子供をいじくるのがいちばんおもしろい玩具でした。知能があって情緒の発育もきわだったのがいいおもちゃに成長した。あまりカンが強すぎても自分から身を滅ぼして厄介だが、すれすれのところでいたぶるのが楽しかった。わしがもっと若くて働き盛りだった頃の「娘」がそのなかじゃとっておきでしたねえ」
とたんに舌なめずりの口調にかわる。
あきれるほど感情の動きにグラデーションがない虫だ。
「あの小さいつるりとしたからだでわしの体を這ってですね。臍の下からをぐっとくわえて全部飲み干したんですよ。生まれたばかりのからだでね。ちょっとした芸当でしたよ。わしのあの頃の放出量は並みじゃなかったから大の女でもむせた。それをやってのけたあの娘の上目遣いのきつさがたまらなく可愛くてねえ。仕込んでもないのに立派な玩具。緑色の素晴らしい目を持っていたからそれは迫力があって、お父様に対するマナーを叩き込んでおままごとをたくさんしましたものですよ」
それが、あいつか。
「外にも連れて行くくらいにはかわいがったわけだな」
「外へ?そとへなんて玩具を連れ出したことは一度もありませんよ。娘に限らずどうしてそんなことを。外に触れさせるのは危険です。げんにその私のいちばんかわいがっていた緑の目をした娘なんてどこで知恵をつけたのか酸をかぶって自分の一番の売りの顔から何から潰してしまったんですよ。まったくひどいはなしです。薬物を自分でさっさと浴びるから悪いんだ。すぐに死んだだろう。長く生きるようには作っていなかったから。
なに、その娘のひな型がいましてね。それは私の恋女房なんですが、まあ正確には妻じゃないですよ。現実に妻をめとるだなんて面倒は一度も背負ったことはありませんね。商売の邪魔。その女は人間の世界から持ってきたやつで、それにそっくりになるように、それがいちばんよかった状態で生育過程を止めるように念入りに調整して娘を孕ませた。
生まれる前も生まれてからもこうやって丁寧に手入れしてやったのに、7年目に自分から廃棄物になってしまった。まったくばかばかしい。無理に作ったからだだったから、あと10年も我慢したらわしの子を産んで幸せに死んだはずなのに」
「そのおもちゃはどうした」
「スプラッタに自分からなったもんですからね。処分したあとは死んだでしょう…思えばもうずいぶん昔の話ですよ わしもだいぶ若かった」
豚の虫が偉そうに懐古を始めたら、途端に息を吹き返した。
安い玩具のような作りらしい。バカの一つ覚え、おまけに頑丈ときてやがる。
鼻の上に靴底をもういちど滑らした。
メリメリと音が鳴る。豚が虫の息で鳴く。
これで楽しく移植できる。
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「あれはデタラメの記憶だ」
「!!!飛影…」
「単純な催眠術だ お前の記憶にニセの想い出を何度もすりこむ お前が痴皇に殺意を抱こうとするとその記憶が鮮明に蘇るようインプットされている 復讐防止用の安全弁さ 今からオレが解除してやる お前が葛藤している間も奴はそれを想像し 酒のさかなにしていたのさ」
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お前がたどるような顔をして笑顔になったのをオレは見届けた。ヒトモドキのその鉢をどうするかはお前の自由だ。
オレはいま、お前に嘘を贈った。お前がすがっていた屑はお前を玩具として扱っていてなんにも覚えちゃいなかった。玩具に復讐防止用安全弁をつけることすら、頭になかったんだ。
お前はどこで父親と高原に遊ぶ夢を見たんだろうな。あわれな野郎、ほんとうに嘘つきな野郎に真実は必要ない。勝手に父親に優しくされた映像を作って後生大事に抱え込んでたやつにはせいぜい嘘の語りで幻滅させてやる。お前の過去の証拠はどこにも残っていなかった。耄碌した痴皇の記憶だってあてにはならないぜ。あとは知らん。
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「ハッピーバースディ」
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お前はお前で勝手に自由になれ。