正午の居室

「あなた様を殺しに参ります」

 

黄泉の屋敷から戻った躯がごく限られた直属にすでに囲まれながら腰をおろしている。

奇淋は直属の存在を目に留めず直線的に進んで、腰を落としわずかにひざまずき、こう言ったのだ。

 

「あなた様の秩序を、いちどでも壊しに参りましょう」

 

声はいつもの通りだ。

だが奇淋の体は先ほどからの熱い憤怒がほとばしっている。

いっぽうの躯は心の動きなど露わにしない権力者の美しい無表情である。

奇淋の情動など毛ほどにも気にかけないかおだ。

 

どんな感情の渦に巻き込まれても奇淋という男は一見静かだ。

躯は奇淋のそういう「わずらわしくなさ」を気に入っていたのだが、今は自分に感情の刃を向けてきた奇淋をただみていた。

 

さっきまで躯を囲み、かのじょの唐突な決定に思い思いに熱い声で思いを訴えていたほかの直属等は一同うろたえて息を呑み、押し黙る。

奇淋は自身の感情の濁流に呑まれたまま権力者の物言わぬ顔をもう一度見据えて、静かに立ちあがった。

 

直情的な直属のひとり、最古参の屠茂呂がその瞬間に真っ先に奇淋に殴りかかろうとした。

が、奇淋の眼の先に鎮座する、半分干からびた不気味な容姿の女が発する圧倒的な磁力に屠茂呂も魅入られ、からめとられたように身動きが取れなくなる。

 

せめて奇淋に批難の声を浴びせるものがいてもいいはずだ。 だが、ほかの直属たちは奇淋の挙措からたちのぼる暴力的な気配から殺気を受け取り、身構えたまま、屠茂呂と同じようなかっこうで動くことができない。

かれらはふたりに近寄ることもできず、無言で立ち上がった奇淋に道をあける。

 

奇淋の目は、こらえきれずの熱さで怖かった。