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魔界においては強者であることが未だに大きな価値の一つだ。だが、より広がりのある世界観と価値観が魔界の生活者を取り囲みつつある。恋情とか独占欲とか、そういうものを飛影は自身に認めようとはしないが、漂流するように生きていた飛影は今や太古からの女の存在に心を攫われていた。厄介で因果なことであるが、からめ取られている本人にそういうとき、そんな意識はないものだ。

「躯様は奥の幕か。眠っていらっしゃるか」

ほどなくして躯を訪ねて部屋へ入ってきた哉無は、表の間の寝台に本人が腰かけていないのを見ると、まだ脇のソファにいる飛影に声をかけた。碁盤と雑誌がそのままになっているテーブルをみて

「躯様が奇淋と碁を楽しまれているのを見ていたのか。なかなかちょっと自虐的な趣味じゃないか、飛影。」

続けて、

「躯様のいまの安寧はきっとお前がもたらしたものだ、飛影。でも、躯様はまだそれだけでは満たされないよ。酔うと、ちょっとした見ものだろう。そばに寄せておいて自分の男に甘えかかられる風情だ。それなのに体を許されないんだからなあ。あれをやられちゃ男はたまらないよ。奇淋はちょっとおかしいのかもしれないな。…冗談だよ。あの古参の気持は察するにあまりあるよ。あの男はまだあの少女がえりした躯様を独占していると思い込んでいることで、躯様のそばにいることをどうしてもやめられないんだろう。しかしこんな男ばかり百足に溜めこんで、あの方もどうするつもりなんだろうねえ」

哉無は躯の居室を見渡し、道化じみた笑い顔を浮かべて壁にもたれた。