1

奇淋は躯の写真を一葉、持っている。彼が筆頭になるよりずいぶん前のことで、躯が百足要塞を見つけ育てる前のことだった。その頃躯はしぜんに自分のもとに留まってしまった野郎どもを束ねて野営を張っていて、火を焚き、夜毎の酒盛りを繰り返していた。本陣に座るその頃の躯の写真を、彼は持っているのだ。奇淋は視覚でとらえたものを何かしらの素材に写しこむ能力を持っていた。

飛影がそのときの写真を見つけたのは、およそ彼らしくもなく、邪眼を使って、奇淋の部屋を覗いたためだ。奇淋は甲冑を脱いで、質素な固い椅子に腰掛け、一枚の紙をじっと眺めていた。それが躯の、昔の写真であった。

椅子に座っているのであろう、両手を預けた大ぶりの剣に頬杖をつくような恰好で、じっと一点を凝視している躯の胸から上の写真だった。目のすさみかたが現在の比ではない。なるほど、この目か。飛影は少なからず心を動かされる。いや、おののいたと言ったほうが正しいか。美しい顔に爛れた半分、眼は狂気をはらみ、伝説と化している悪行の数々が事実であったと。

しかしながら同時に奇淋が躯への強烈な思念で写し取ったこの一瞬は、躯が頭領の顔をはがして無防備に心をさまよわせているものだった。それがいまの躯のそばにいる飛影にはわかる。この写真はモノクロである。躯の目の下の隈、緩むことを想像させない顔つきのなかに男の心をとらえて離さない蟲惑があった。目を離すことができない、少女であった。

奇淋の部屋をのぞいたことに自嘲はあるが、それはたいしたことではない。躯の昔の顔の強烈な印象が飛影の心を占めていた。躯に意識を見せられたときは、それはやはり躯自身がオレに強調したかったものの集まりでしかなかったと思う。この頃、なにかが奇淋にかなわないと思うことが増えた。

飛影の姿かたちはこのころから急速に少年から青年のそれへと変化していた。それとともに妖力はまた倍に跳ね上がり、躯を越えることはまだ当分ないだろうが奇淋はもう到底飛影に及ばない。奇淋の最盛期は過ぎている。しかしまだ奇淋は躯の部下、否、男である。

 あの方は男を屠る。軍国時の4番手であった哉無が下を向きながら呟いて笑ったことがある。