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「今、とりあえず奇淋は抹殺されていないねえ。碁打ちのための部下だと躯様が冗談で言われるのを飛影は聞いたことがないか。じつは私も打てるんだけど奇淋ほどには腕がないから躯様はもっぱら奇淋を相手にされる。

・・・ああ、話がそれた。とにかく、躯様が女であることは秘密のまま保たれたわけだ。野営をやめて、百足に乗り込んだときから躯様はあのお顔を隠された。我々の軍の戦略として、顔を知られることを避けることが表向きの理由だが、ご自分の気狂いを極力部下に見せないように意識したのじゃないかね。躯様は百足に乗り込んだときから忍耐強く戦略を練られるようになった。そしてあの頃から躯軍の勢力が飛躍的に広がった。

躯様が顔をさらされて手下たちと地上で酒をあおるような牧歌的な時代は終わってしまったわけだ。

飛影。躯様が再び姿をむき出しにされたのはトーナメントだが、そのきっかけを作ったのは飛影だろう。あの方が穏やかになられたのも。でも、まだそれだけではあの方の気狂いは・・・」

言葉を継ごうとしたところに、背後から他の者がやってくる気配がした。哉無は今までの多弁がなかったかのように緘黙の表情を作って口を閉じた。

「立ち番の交代どきだと。哉無、代わろう」

「ああ。進路の修正がすんだところだ。しばらく立っているだけで良さそうだよ、邪眼師もいるしな。さて、人間の送り届けに立ち会ってこよう」申し渡しをして哉無は物見台を降りていった。

飛影は考えている。

躯様の直属上位以外にはここ数百年、彼女の性別を知る者はなかった。そう話し始めた哉無はどこまでオレに無駄話を聞かせるつもりだったんだ。

ところで躯は碁を好む。カードゲームもよくしているが、これは一人の時の手なぐさみのようだ。パトロール隊編成後、躯が自分から昔の直属を呼びだすことはあまりない。碁を打てる奇淋や哉無が呼び出されるくらいである。躯に碁を覚えないかとたびたび誘われるが、飛影は応じてやらないでいる。