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「躯様にだって性欲はあるだろう。私たちが隙あらば躯様のお相手をとせめぎ合っているのと同じく。」

パトロールの最中、飛影と哉無が物見台に2人だけで並んでいるときだった。躯軍の昔語りを始めた哉無は訳知り顔で突拍子もなくそんな言葉を口にした。一見すると無反応の若い邪眼師の気配を面白がりながら、哉無はしらっとした顔で続ける。

「でも残念ながら直属でそんな僥倖にあずかった者は私の知る限り、私の知る限りなんだが、いない。直属なんて順列も、ずっと躯様の下にいた私からしたら、黄泉が台頭してきてから決めた最近の体制だが、躯様は直属に手を出されたことはなかったようだ。

もちろん、最近は知らないよ。いちおう、軍は解散したしなあ。」哉無が続ける。

「あの方が女であることが隠しおおせていたのは不自然じゃないか。ちゃんと理由があるぞ。何だと思う。」飛影は答えない。進行方向を確認している姿勢を崩さないでいる。

「あの方は周期的に狂われることがあって、ひどく陰にこもられる、という程度にみせかけて配下にはうまく隠したつもりでいらっしゃるようだけどね。私から見ればあれは抑圧されたご自身の内面が制御できなくなって出るヒステリーだ。それはちょっと抗いがたい魅力があって、恐怖を忘れて近づく者がいつもいたよ。躯様にそういう意味で近づく者はいつもいた。そいつらは躯様に何をしたかにかかわらず、気狂いから目覚められた躯様によって跡形もなく殺されていた。そのときの残忍さは、私でもちょっと足のすくむものだった」

哉無は直属上位のなかにあって変わり者である。4番手であったが、この数字自体を気に入って、上に行こうとしなかったという。数字が少なくなるほど、集団の中で躯との距離は縮まる。

躯軍は、強くなるにつれ躯に惹かれていく者たちがより頭領の傍へ、と争っていく男たちのせめぎあいで成立していた。飛影はだからし烈化する戦いの中で哉無との一戦にはいささか拍子抜けしたものだった。とはいえ哉無は十分に強さを示して負ける、という余裕をみせたのでそれが飛影の気に食わない。

4番手で躯との距離を一定に保っていた哉無はかつての躯軍のなかでは文官の働きを奇淋とともにしてきた。哉無は中央層の政治家の宮廷で宦官として仕えていたところ、どんな経緯か躯のもとに来たらしい。

「まず直属が躯様のそばを自分から離れたことはない。トーナメントのときの奇淋は例外か。とはいえすぐに臣下の礼をとって戻ってきたけどねえ。

躯様が女であることを知っている直属はごく一部だし、知っている直属はそんな秘密を百足の外にもらさないよ。奇淋以前の筆頭がミンチにされたのは、そいつが躯様の男面をしたのかもしれない。性交がかなっていたのかどうかは知らないよ。でもそんな憶測も生まれたもんさ。ここの連中は総じて嫉妬深いからな。躯様が飛びぬけて強いから、軍として均衡が保たれていただけだ。その筆頭はミンチにされて、そいつの存在はこの軍のなかでは「なかったこと」になった。それなのにこの前、奇淋がそいつの話を飛影や他の奴らがいるときにしたなんて、小耳に挟んだから驚いてね。」