4.居酒屋にて

オッドマンは話の落とし前をつけるのは不得手ですからね。蔵馬は笑う。蔵馬の仕事場の近く、チェーン店の居酒屋で落ち合った。混雑していたが、カウンターならとすぐに通してくれた。混んでいる方が話しやすいので助かった。

「オッドマンってなんだよ。」

「風穴あけて、空気の入れ換えするのがうまいひとですよ。でもだいたい、そういう人は落とし前つけるのがへたなもんです。」

「落とし前つけるの下手?そうだな俺の事だな。ははは」

鼻の穴を広げたあほ面でビールを流し込む。ふてくされた顔をして幽助はやたらに塩のかかかった枝豆の皮をしゃぶって中身を口にいれる。続いて皮まで噛みほぐそうとした彼をみて、蔵馬は穏やかな表情を変えずに牽制する。それはやめろってか。眼は笑っているがやはり、連れが汚い食べ方なのはいやなんだろうこの男は。飲み専で行こう今晩は。幽助は妙に品のいい旧友を横にそう決める。なんか喰いたかったら、自分の台所行った方が確実に旨い。

「で、どれくらいあっちに滞在するつもりですか」蔵馬が尋ねる。

「あっちの出方による。けど、そうだなあ。また、トーナメントするかしないかって話だろ。俺がトーナメントしたくなったら、また1年くらい帰ってこないんじゃねえ?」

へらへらとした口調で幽助は答えてみる。蔵馬はどう出るだろう。

「俺はこの体が寿命を迎えるまでトーナメントに参加することは、まあないでしょうね」

蔵馬はだし巻き卵に箸をつける前に、手早くそう答えた。それから出し巻き卵をつまみ、咀嚼する。ただそれだけなのに、武術の型の一部をみるようだ。早くも斜め後ろのテーブル席の女のほうが、同席の男の存在を忘れたように蔵馬のほうを盗み見し始めている。

「闘うってのにわくわくしねえ?」こういう言葉なら「こっちの世界」の話のようになる。

「そうですねぇ、今はしませんね。ここの仕事から目をはなしたくないからね」

「だいたい、魔界の時間感覚を信用しない方がいいよ、幽助。じっさい今回もさ、こちらでの3年を超過した7年じゃないか。公約違いだ。それでいまさら幽助を動かそうなんて少し虫のよすぎる話だ。

…君は、腹の底がむずむずして楽しいんでしょうけれども」

こいつと話していてつまらなくなるのは、自分の心境を言い当てられることが多いからだった。話すことが何もなくなるじゃないか。

蔵馬は俺の思ったことを感じ取ったらしい。とりなすように笑って言った。

「幽助も、今できることを優先したらいい。たとえば蛍子ちゃんがここにいる間は、あなたもここに住むつもりでいるでしょう」

 言われてその通りの蔵馬の発言だったのに幽助は虚を突かれた気分になる。

割り勘で会計して駅前で別れた。スーツで歩く蔵馬の後ろ姿は一見すると普通の人間と変わらない。ただ飛びぬけて容貌と姿勢がいいだけだ。うまくまぎれている。当然だ、あいつは妖狐だぜ。「南野秀一」としての肉体が終われば、次は魔界に戻るのだろう。

オレは、普通の寿命になったあとどうしたいんだ?…あれ、どうしたいんだっけか。ここでふつうに暮らすはずで目の前の仕事と定期的に異界をまたがる生活を何も考えずに楽しんでいた。幽助はしばらく思考停止していた自分に気づく。オレはこれからどうしたい?毎日はとどこおりない。でも…。確かに蛍子は変わり始めている。蛍子か。

 仕事熱心でもないくせに幽助は臨時休業を決め込んでいた屋台を引くためにまっすぐ地元に戻った。とりあえず家には帰りたくなかった。魔界をくぐる気にもならなかった。北神にまだ連絡は入れてない。