Tonight, The Night of Thunderbolts.

4.

自分を欲している飛影のようすを、躯はそしらぬふりをして、雷鳴に上機嫌の顔つきを崩さぬままでいる。彼こそが、躯がその長い時間のなかでようやく邂逅した恋情の獲物である。躯は若竹のように伸びていく飛影の男の気配を眺めている。針水晶の珠をすかしながら飛影の欲情を鑑賞する。

「なあ、お前も。碁をやらないか。直情的だろうが、局面ではけっこうあざとい打ち手になると思うぜ」

互いの言葉が途切れてしばらく、なんとなくの風情で軀は飛影を碁打ちに誘う。

「碁をいま打ちたいなら、奇淋をここに呼べばいい」

この雷鳴地帯に滞在する間は夜、どの配下の来訪も認めないというではないか。

答えた飛影の声は不服でくぐもり、それを本人が意識していないだけに嫉妬心が露骨で、それが躯の微笑いを誘う。

軀はふと瞳に親しげな暖かみをともして飛影をみつめた。 飛影は軀を下から見据えた。

アーモンド形の瞳、きめの細かい肌を裏切る破壊された半身とむき出しの眼球。 乾いた死体と同じ皮膚、金属の感触と匂い。爛れた亀裂が鼻筋を横切り、美女であるはずの容貌、ほぼ残されている貴重な半身を侵しているところも。それさえも。欲情を喚起させる。美術品の一歩手前の女。

決定的な傷を持つことで際立つ。そういった種類の美があることを飛影は躯の造形によって理解した。盗賊稼業で糊口をしのいでいた頃、人間界の美術品――片腕がもぎ取られ、上半身だけの裸婦像を依頼され盗み出したことがある。

依頼人からもっともらしく「あれは、損ねられていることで完璧なのだ」と価値の根拠を教えられたが、別段飛影の興味をひくことはなかった。美的な価値以上に史的価値によって高値で取引されたとみなし、その仕事は盗賊稼業の知識にストックされただけである。今になって、損ねられて引き立つ美をたたえていたあの盗品の価値を、躯に重ねて納得する。

飛影は、やおら寝台ににじりあがると躯の両手を上に拘束した。

「なんであの男と同じ娯楽を貴様と」

「そうだなぁ」

空になっていた杯をそのまま寝台に転がし、躯は苦笑いして答える。

「でもぬるい娯楽ってわけでもないんだぜ」

碁は対峙する勝負だからな、目を細め、今度は揶揄いの微笑で彼女は飛影を見返してやる。

こいつはオレのほかに誰をここに許している?許していた?誰かと懇ろになっていたという昔話をオレは聞かない。軀を剥きながら思う。

軀は変わらないようすだが、オレを迎え入れる。不健康な欲情に同調することがないのだけはわかる。こいつの手の内にオレの衝動はしっかりと握られている。無様だ。親しみはあるのに、それ以上に目の前の女の肉にこの優しさを伴う情緒も流れてしまう。

暴力を誘発する残虐は飛影にとってなじみ深い感情の一つだが、いまこのときだけは欲情をともなう残虐に少しの違和を覚える。軀の肌と肉を貪りながら、飛影は胸がつかえたような気がする。対応する言葉を飛影が持たないのは、彼にとってこれが初めての欲情と恋情の共存であるためだ。

もっと慈しみたい。笑い合いたいのに。飛影は思う。思いながら躯の耳朶を噛み、腰を動かし続けて得体の知れない情感を振り払おうとする。

躯はそんな少年の感情の揺れを察している。これを切なさという言葉に収めてやるのはまだ少し先でいい。あるいはその役割が俺じゃないこともあるだろう。

躯は少年の性急な刺激を、すべての官能をひらいて長く味わう。「男」を殺さずに愛するようになったことで躯の内部にも変容があった。

飛影は寄るべない顔をした躯に虚を突かれた。時間がとまったような、瞬間に永遠が宿ったような間隙に飛影の声が漏れる。

きれいだ。漏れた声はありていな睦ごとになっていた。思いも寄らない、そんなことばをオレは持っていたのか。躯に。いけない、反転してしまう、それは危険だ。

精を放ちそうになるのをこらえた状態を維持する飛影の、若竹のように青く延びていこうとする青年のにおいが、躯の感情に疼く痛みを与える。 反転したあとに残されるもの――、躯は醒めた頭でなぞることができる。恋情の終わりはそうしたものだ。恐れることはないだろう、躯は思う。喰らい尽くした後は過去の棺に収めればよいこと。その儀式が甘美なものであることをかつて躯は知っていたような気がする。永らく忘れていたが・・・。

恋情の輪郭を思い出させたのは今自分を犯しているこの少年である。こいつは俺を自由にした。反対にこいつは手にしていたものを喪失しようとしている。それに必死で気づかないふりをしている。なんてかわいいのだろう。

この青年に近づいている少年が生のままあふれさせている感情と、それをこらえる意気に男の気配を感じ、その気配が切なさを躯に与える。

躯は飛影の紅い瞳に自身のまなざしをあてた。躯の瞳は飛影と対照的に淡い菫青色である。ちょうど落下した稲妻を受けて、強いアイオライトの光を宿し、躯の片方だけの瞳が潤んだ。陶然と微笑う躯の腹部が飛影をそそのかすように蠕動する。飛影のこらえていたもののタガが外れる。

天骨の髄のあたりでちらばる光と闇の残像にめまいを感じる。融けそうになる。

腰の骨の髄からせりあがって果てる。

 

殺されるかもしれない、死んでもいいと思う。

殺されるまでやり続けられるならよい。

 

この思いが、まさしく犬だと思いながら、飛影は急速にやってくる眠気に従順に身をゆだねた。