Tonight, The Night of Thunderbolts.
3.
日中を無表情でやり過ごしたあと、飛影は幾度も頭でなぞっていたとおりに百足の内部に進み、扉をあけ、幕の内側へ滑り込んだ。躯の体を知り始め、ほんのしばらく、自制を失っていく自身に対して嫌悪感があったが、すでにためらう余裕を飛影はもたない。
「雷酒、どうだ、いっしょに」
今夜は手に余るほどの球体の針水晶を片手に棲金酒を飲んでいる。寝台の一端の緞帳を開けて、分厚い硝子のような百足の表皮のそばにその身を寄せていた。
軀の肌がたった今落ちた雷の光を反射する。
ぬめるような質感の肌である。遠くから見れば陶器のつややかさで、間近で見れば百合の花弁のような肌理が目を奪う。それをそばで眺めていると、そこからかもされる香りに頭がしびれたようになる。そうなるともう行きつく先は決まっている。
渇えていたくせに、長引かせたくて、飛影はまだ女の寝台に近づかない。
躯は日中の服をすでに脱ぎ、簡素な夜着をひっかけてその体を寝台に泳がせている。この時期、この地帯に咲くクチナシを寝台横の棚の陶磁器に無造作にたっぷりと投げ込まれていた。雨期特有の湿気とこの花のだらしない匂いにむっとする。飛影の下半身が重くなる。
躯は飛影をそばのソファに招き寄せ、棲金酒を杯に注いでやった。
よく冷えた、薄い琥珀色がとろりと氷を回遊させる。
躯が片手で飛影に押しやる。目と仕草で形ばかりの乾杯をし、一気に飲み干した。剛胆で放恣、科を作る意図などまったく見えない動作であるのに。
野営を張っていたという太古から酒をそのようにあおっていたのだろう。飛影は想像する。オレが生まれるはるか以前から、篝火の奥で、頭領としての威厳を誇示していたはずだ。 そのくせこの百足の夜の中ではそらした首筋が雷鳴に映えてじゅうぶんに雌だ。雌は雄犬の飛影の目を奪う。 投げ出された右足に目をやる。金属の光が凄艶だった。
美酒を飲み干し、顔つきをやわらげると躯は片唇をあげ、稲妻の光に当てるように掌の珠を飛影の目前に差し出してみせた。
「白金のような雷の中にたまに青緑が混じるだろう。あの緑の筋に共鳴するように、この中の竜が珠をふるわせる。それを愛でている。いきりたつさまが愛らしくてな。 見てろよ。…ほら、また光るぜ。この黄金針のなかに竜の化身が潜んでいるんだな。」
飛影はなにか自身を揶揄されたような居心地の悪さだ。
「なにかにかこつけては酒を飲む口実にしているな」
「ん?」
軀は瞳を石から飛影に移す。
「うん。・・・最近はそうでもないぜ。軍を機能させていた頃よりは醒めている時間が多い。奇淋あたりに聞いてみろ」
少し興をそがれた顔をして、軀は寝台にのろのろと戻り棲金酒を杯に注ぐ。寝台に預ける体が徐々に柔らかくなるようだった。
「…奇淋は酒を飲まないな」飛影が杯に目を落としてつぶやく。
「残念なことだよ。生きる楽しみのひとつが、奇淋には欠落している」
まあ、碁を打つ技術はなかなかだからあいつはあれでよい、それにしても無駄口をたたく趣味を持たないやつではある。 あいつは雑談を嫌うからな。
「オレだって持ってない、無駄な口をきく趣味など」
そうかな?と首をかしげて引き続き雷鳴を見上げる躯を前に飛影は憮然とする。勤務中の奇淋の一瞥を思い出す。
粘つく眼だった。
あいつは敗残者だ、あいつの無様を躯に見せてやろうかと思うが、躯は奇淋程度の獲者には目もくれないだろう。こいつの前ではそういうことすべてが不毛だ。 ただ、夜の中オレの欲情だけがかさを増していく。飛影は体の昂ぶりを意識した。