1.

百足は数日来、東7層、雷鳴で有名な地帯に停留している。煙鬼から依頼されたパトロール進路から脱線しない程度の地域にちょうどその雷鳴地帯はあった。躯がこの地帯への停留命令を出していた。

「この時期にはかならずここに滞在を求められるようになって、どの程度だ。」

パトロール任務以降の新米が同僚に尋ねた。昔の4番手であった哉無が引き受けて答える。

「10年程度じゃなかろか。最近さ。軀様はこの地に落ちる雷の質を気に入っておられるようだ。とくに夜の」

ここに滞在される期間、昔の形態をとっていたころも夜に我々を招集されることはなかっただろう?と時雨に水を向ける。時雨はうなずく。そう、ここに滞在する期間は躯様の居室を訪ねても面会を断られる。

茶室にもたずねていらっしゃることはないな。夜は雷を愛でておられるらしい。一度ご本人がそう説明されたのを俺は覚えている。哉無はさらに重ねて、そう付け加えた。

夜、雷を愛でるか。そういうご趣味もあるのだな。新米は躯の正体を知ってからパトロール軍としての躯編成隊に入った男だ。

男としての興味が頭領に対する敬意を凌駕しているのは古参の躯配下には明らかである。

「なんだお前は。」

「詩人にでもなりたいのなら余所に行け」

剣呑をとる古参配下らの言葉に新米は脅えた顔をした。どうも胆力は足りないようだ。

「遠からず不明者とならなければよいが」

今は平和統治の気運だからな。報告しなければならないのは面倒だ。

時雨のつぶやきに反応するように、奇淋がふと隣に位置した飛影を見据えた。 それも一瞬のことである。次にはもう何事もない顔で視線を余所へ向け、同僚等とのやりとりに耳を傾ける姿勢を崩さなかったが。それでも、奇淋の目に宿った汚泥を飛影が横目にみとめるのに十分な間であった。

奇淋はオレが夜に躯の居室へ向かうことを知っている。だがそれがどうしたというのだろう。飛影は頬の裏で奇淋を嘲笑する。奇淋に対して疎ましさと同時に露出狂じみたうずきをおぼえる。この下卑た感情は心地良い。飛影は数百年躯に仕えた男を見下したまま、邪眼の焦点を前方約1000キロ先の洞窟の奥に集中させた。

 古参の男を見下す権利は飛影が強さを求める過程で正当に手に入れたものだが、奇淋を射程距離に入れる頃には、すでに動機は反転していた。飛影はそのことに気づかないように細心の注意を払って、すりかわった動機を何か下卑た倒錯にすり替えようとしている。