たぶん碁という、この上司と部下以前に互いにあった娯楽に誘われたことが、奇淋を動けなくさせている。
「は。」
奇淋は、生半可な同僚には気取られないほどの間を取って、招きに応じた。兜を脱ぎ、答える。
「明日、申の刻、伺います」
「早いな。休暇がないじゃねえか、それじゃあ。
・・・場所はあそこでかわらないよ」
直属の中でも上位、すでにそんな男たちしかそばにいなかったが、躯がとたんにだらしない少女の顔をして見せた。
「100年と飛んで、・・・忘れたが、黄泉が台頭してからじっくり打つことはなかったな」
つまらない用が増えすぎてたんだ。
面倒をもてあそぶように躯が言う。
これからは、しばらく隠居気分にひたるぜ。
のんびり碁を打つ。奇淋、付き合えよ。
手筋を観戦したいものに、伝えておくか。
と、躯がつぶやいて側近に指示を、出しかけたとき、
「この回だけは、躯様とわたしだけの場と解していただけませんか」
頭領は再度捕獲されにきた男を眺める。
躯は奇淋の顔をゆっくりみて、言った。
「いいだろう。」
約束をつけたとたん、躯は奇淋にたいして関心を失ったように台座を降りた。
このやり取りのそばに控えていた10番以内の側近たちが奇淋をねめつける。
奇淋はそんな男たちの視線は意に介さず、放心する。
よかった。奇淋は思う。
500年前、このかたの元に訪れた動きが俺にはまだ用意されている。
まだ必要とされている。
奇淋は命を尽くすまでに一度でよい、この頭領のくるぶしとつま先に接吻をゆるしていただきたいと、そう思っていた。今後、その機会はほぼ望めないだろう。それでも。躯がいるかぎりはその側に。