「躯様は好まれるほど酒類に強い体質ではない。
供をするなら留意せよ」
奇淋の声がかかった。飛影はうろんな目をしただけで答えない。
奇淋が先日配下の礼をとりながらわびを入れにきた。
堂々たるものだった。
気に入らない男だが、そこは認めている。
躯はこだわりなく、空いている、以前奇淋にあてがっていた居室と同じ程度の広さの部屋を与えた。
「せいぜい強くなれ」
片頬でにっと笑った躯の心安さが気に入らなかった。
そんな数日前のことをぞろっと思い出す。
と、なんだ、夜か。時刻の移り変わりに気づいた。
この時間帯を待っていたくせに飛影はひとりごちる。
夜かと。
奇淋。お前、碁に呼ばれない平穏がいやだったんだろう。
躯は相当の酒好きである。それは周知の事実である。
しかしそれと同じくらい盤上の遊びも好んでいて、躯がのぞむ腕を際だたせているのは奇淋しかおらぬ。
自然ふたりの関係は秘密めいて、みえなくもない。
飛影は逆に、碁なぞ覚えてやるものか、と思っている。
酒盛りの宴を張って配下と飲むときの陽気さはふだんの躯ではない。あれは人身掌握のそぶりだ。
そのように飛影はみている。
新参であっても、躯の混沌に飛び込んでしまいたくなれば、よくよくわかること。
直属20番台まではあの酒宴を喜んでいるが。
あいつらは最近まで躯の姿を知らなかったわけだ。
飛影は首の後ろがちろちろと焼かれる思いがする。
まだ何十人もぞろぞろと連れる必要があるのかと。
・・・しかしオレとふたりだけのときでは様子が違うのか?少なくとも発散する酒ではないように見える。。
躯は饒舌なようで案外に寡黙である。内面の個人的な葛藤はともかく、頭領の孤独を長年負ってきたのが躯の表向きの半生といえる。
饒舌は人身掌握か攪乱のために使われ、
部下となにかを分かちあうことをしない。
この孤独癖こそが王者の素質なのかもしれない。